子供留守番禁止”条例案は「不安あおり、無意味」

“子供留守番禁止”条例案は「不安あおり、無意味」 専門家が批判
毎日新聞 2023/10/8 19:26(最終更新 10/8 20:00)

独協大 和田一郎教授

 埼玉県議会が、小学校3年生(9歳)以下の子どもの「放置禁止」を盛り込んだ虐待禁止条例改正案を審議している問題。児童福祉を研究する独協大の和田一郎教授(こども論)は「子育て世代の不安をあおるだけの無意味な条例案だ」と厳しく批判する。問題点を聞いた。【聞き手・宮城裕也】

「支援体制の整備が先」

――改正条例案の受け止めは?
 
◆正直、あまり意味がないと思います。確かに、車内や自宅に残された子どもが亡くなる事件・事故が相次いでいますし、子どもを守るという理念は大事だし、理解しています。ですが、子どもに対するリソース(支援体制)が全国でも最低水準の埼玉県は、そうした支援をきちんと整備するのが先です。
 
(子育て環境や支援体制を)整備するからこの条例が必要だといえば理解はしてもらえると思うが、整備なしにアナウンスだけの条例をつくることはただ住民を怖がらせるだけ。順番が逆だと思います。

埼玉県議会で、9歳以下の子どもの放置を禁じる県虐待禁止条例改正案について説明する自民党県議団の小久保憲一議員(中央) =2023年10月4日、埼玉県議会ホームページの動画より

――子どもへのリソースが最低とは?
 
◆埼玉県は学童保育の待機児童が全国ワースト2位などの指標がたくさんある。改正条例案の成立後に、議会から「来年度から支援拡充する予算を確保する」「行政が支援拡充できるように議会も応援する」という起死回生的に素晴らしい話が実現する可能性も期待したいところではあります。
 
実際にそうなるのかは大いに疑問です。
 
――実際そうはならない?
 
◆前歴がありますから。2020年に制定したヤングケアラー支援条例がそれです。全国で初めて実態調査をしましたが、ケアの根本的な対策はまだない。今回の改正条例案もまさにこの二の舞いになるのではと危惧しています。
 
 罰則のない「理念条例」であるのはヤングケアラー支援条例と同じ。こうなると埼玉県の「伝統芸能」みたいなものです。かけ声だけ大きく、非常勤職員を数人雇って相談窓口を作るだけ。根本的な対策を示さず、「やったふり」だけに終わる可能性があります。
 
――改正条例案では小学3年生(9歳)以下の留守番や登下校などを禁止すると、提案した自民 党の県議が答弁しているが、子育ての現実と合っていると思うか?
 
◆全然現実とマッチしていないですよね。改正条例案では未成年のきょうだいが面倒を見ることも禁止している。海外の例でも年齢制限はあるが、外を歩くのが危険な米国でも、高校生がベビーシッターのバイトをしている。そうした諸外国の現状や法制度も調べずに提案されているのではないのでしょうか。
 
 米国でも「1人にしてはいけない」と定めた年齢は州や都市によっても違うが、それでも高校生のシッターは大人とみなすところは多い。それに比べると埼玉県の条例改正案は米国以上に重い。

――同様に年齢制限を設けている海外との違いは?
 
◆埼玉県は、小学3年生以下の児童のみの通学を禁止しようとしている。米国みたいに通学は全てスクールバスにできるのか。スクールバスの整備を埼玉県は今現在準備しているのでしょうか。1~3年生全員に実施すると50億円ほど必要です。それを埼玉県が既に確保しているなら大したものだと思います。
 
 それに、さいたま市近辺だと東京の私立学校に通う児童は何人もいて、1年生でも1人で電車に乗って通っています。それが虐待になってしまう。そうなると親が子どもの通学に付きっきりになることになる。
 
「女性活躍」と言っている割に、女性を家庭に縛り付ける政策になりはしないでしょうか。
 
――法的に行動を縛ることになる?
 
◆行動を縛るのなら、きちんと活動できる根拠が必要だと思います。スクールバスや、仕事が早かったり遅かったりする保護者がいる児童のデイケア(学童保育など)をする制度もあってのことなら分かる。誘拐など日本よりも治安が悪い欧米は、実際に子どもだけで遊んでいたら虐待を疑われて警察に通報され、親が逮捕される場合もある。でもそれは支援がそろっているからだ。
 
 日本では高齢者が介護施設に行くためにバスでの送迎があるが、海外の研究者からは「なぜ子どもにもそうしないのか」と言われます。それくらい日本の子育て状況は遅れています。
 
 システムをそろえるのが先ではないでしょうか。
 
――改正条例が制定・施行されることの影響は?
 
◆皮肉ですが、親が子どもを持つことに不安になったり、虐待の可能性を高めたりするのではと思います。
 
 英国などの欧米諸国では、子育て政策に少しでも目を向けないと(その自治体から)住民は出て行く。住む自治体が選別される時代になれば、埼玉に住むという選択肢は厳しくなる。理念条例といっても、子育て世代を不安にして見せしめのようにやっているように見える。良くない事例だと思います。
 
 政治家は理念条例をつくった後の社会変革まで考えるのが重要で、議員はそのために政務調査費がある。条例をつくるとどういうシステムが必要で、費用はどれくらいかかるのかを議会で審議し承認するはず。そうした制度設計までできるのでしょうか。県議会は、提案したからには結果責任が問われると思います。